「 もしも火星で暮らすなら。」から

       先日NHKラジオのサンデーエッセーで東京科学大学・リベラルアーツ教授の伊藤亜紗さんが「もしも火星で暮らすなら」と題したお話をされていた。興味深いお話だったので紹介します。先日米国NASAが達成した50年ぶりくらいの月の裏側有人飛行はアルテミス計画というものですが、月への到着はまだ途中段階で、最終目標は人類の火星到達だそうです。10年ほど前マットデイモンが主演したオデッセイ(The Martian)という映画ありましたが、様々な科学的知識を利用して必死に生き残り地球に帰還するというお話でした。もしご覧になったことがなく興味があったらAmazonとかで観てください。さて伊藤さんのお話、そのように短期間スポットで火星探査に行くという話ではなく、もし人類が火星に住むようになった場合にはどうなるか?という話です。一時的であれば地球から持ってきた資材で限られた期間と地域で居住することは可能でしょう。例えば世代超えて長期に住むとなると、もちろん科学的な物資や生活環境の問題はありますが、特に火星で手に入らない資源として炭素と窒素などがあるそうです。どちらも人の体や生命維持には必要なものです。火星では大気地球の1%以下しかなくて、二酸化炭素と窒素からなるそうでう。気温は-60度が平均で、赤道では夏は0~20度、極地の冬は-120~150度だそうです。絶対零度に近いですね。。

       重力は地球の約1/3で月の17%よりも少しありますね。ただ今の人類が長く住もうとすれば、筋力が衰え弱ってしまうので、何らかの負荷トレーニングが必要となるとのことです。(もし地球に戻ることを考えるならばですが)

       火星への距離は最短となる時点で5,460km。現在のロケットで到達しようとすると半年〜9ヶ月かかるそうです。

       さらに火星での危険は、大気に守られていないため、地上には太陽光や宇宙線(放射線)が遮られることなく届いてしまい被曝が強くなります。常に強い遮蔽のある空間で暮らす必要があります。

       さて伊藤さんの話はそのような技術的・理解科学的な側面よりも、人文科学的な側面の考察に重きをおいていました。炭素や窒素、酸素はいつも地球から運ぶわけにはいかず(莫大な費用と時間がかかることと、地球の資源にも限りがあること)再利用が重要となるということです。吐いた空気、自分から出す二酸化炭素、尿や便などを集積して再利用、水はもちろん再浄化して用いるなどという徹底的なSDGを目指す社会となるだろうということ。そして利己主義は成り立たずとても利他的な社会になるだろうということです。自分一人で生きることは絶対に無理で、自分が生きるために他人の力が必要となる。尿や便や呼気までも共有する社会の仕組みがすごく大切にされるだろうとのことでした。また将来的には、重力も異なるため、2世、3世〜数千年後には今の人類とは異なる人類が生まれてくる可能性もあります。重力が1/3なのだから、移動にはさほど筋力を要せず、手足が細長く、頭部がもう少し大きくなってくるかもしれません。火星で生きる人類がどうなってくるのか、、、神のみぞ知るというところでしょうか?

       こんなことを想像していると自分が生きている社会なんて小さいものだと思えてきます。新しい社会、新しい人類、そして新しい世界が、かなり先の世にひらけてゆくのかなと思います。伊藤さんたちはこのテーマで小説を書いていて、たくさんの分野の人たちから色々な意見を求めているそうです。ぜひみなさんも、想像を膨らませて、インプット(参加)してみてはどうでしょうか?

    このように一つのものごとを考えるにも(かなりスケールの大きなことですが)一面的なことだけではなく、いろいろな側面からの知恵が必要となります。病院や企業の運営や継続もそのような知恵や努力の繰り返しなのだろうと思う今日この頃です。 

      

       雑談:

       先日友人に誘われて初めて寄席に行ってみました。夕方18時半から2時間半の長丁場で、10分間の前座と言われるトレーニング中の若手のお話があリます。その後真打たちの登場となりますが、古典的な落語を中心とした演目です。もちろん導入は日頃の住んでいるところの話題を面白おかしく話したり、その一端が少し繋がる本題へと入ってゆきます。羽織を脱ぐときからが本題となります。添付したような演目でまず3名が15~20分くらいの噺。15分くらいの仲入をへて後半の25分くらいずつの2つの演目です。柳亭小痴楽さんの痛快な話芸、人間国宝の五街道雲助さんの鬼気迫る表情と声色で示す死神。ドキドキしました。またおなじみの林家たい平さんは、それまでの演目や同僚をすこしおちょくったような内容を入れたとても楽しい演目で楽しませてくれました。ちょっと椅子の狭い紀伊國屋ホールを出てくるお客さんたちは、新宿までの道ですれ違うと、お縄受けたような両手の位置格好になっているのですぐわかる。なんていう話をおもしろおかしく話されていました。緊張とオチがうまく積み重なった時間でした。入場料は今回は招待でしたが、一人三千円ほどと劇団四季ミュージカルの1/10程度ですし、すごく充実した時間を過ごせます。もし機会があれば皆さんも経験してみると、楽しい時間を過ごせ、日本の話芸の真髄を知ることができると思います。私も今後もう少し足を運んでみたいと思います。(でもあまり新宿は好きな街ではないのですが。。。)また最近ではyoutubeでも寄席は見ることができます。(立川らくの死神