ある土曜日に思ったこと: 70の手習。47の成熟。
森田明夫
ここのところあまりうまくいかないことが多かったので、自分の処し方、あり方、生き方に迷っていました。そんな土曜日に、旧知の岡山大学元学長で現在香川県の病院管理事業者をされている槙野博史先生とお昼をともにしてお話しする機会がありました。もちろん病院運営のお話しや相談もしましたが、話は瀬戸内の名所や、絵や芸術のお話しなどにも及びました。先生は(糖尿病性)腎臓病がご専門で、以前から写真や旅行を趣味とされていて、旅行で撮った写真と経験を病気や健康維持等の情報等値と共に紹介する書籍を出版されています。そこで「今も写真で本を作られているのですか?」とお聞きしました。すると、「70の手習ではないですが、香川出身の芸術家で濱野年宏さんと知り合いになって芸術の手解きを受けているんですよ。」とのこと。もともときちっと仕事をされてこられた先生なので、趣味の世界でも本格的です。 濱野さんが先日の万博で展示された作品の写真を撮ることを許可されて、 その内容を題材に本?か何か芸術品?(芸術のあり方論のようなものか?)を作る予定とのこと。そのことで色々な指導を受けていらっしゃるとのことです。濱野さんはもともとは絵画をされていましたが、今は写真はもとより、彫刻、建築物まで手がけており、 茶室桂離宮 がユネスコ世界芸術遺産などに認定までされています(切手も出ています)。槙野先生がそのような方に師事される機会を得て、また新たな領域に頑張ろうとしている姿勢を拝見すると、自分の物事に対しての向き合い方がいかにも中途半端なことを思い知りました。自分が趣味としている絵も料理も自己流で、中から湧いてくる力がありません。「夢中」という言葉に当てはまるものがありません。何か好きなことに対して、もう一度本格的にやってみる気概を持ちたいなと思いました。
もう一名のこと、お話ししたいのは、槙野先生と昼食を共にした日の夜なのですが、UCLAでAssistant professorをしている金子直樹君という脳血管内外科医・研究者と日本橋の割烹居酒屋で夕食(飲酒)を楽しむ機会があったことです。まあ私がここまで約70年(この7月で69になってしまいます)も経ってやっと獲得したこと(考え方や認識)を、私より20歳以上年下の先生がすでに私以上に自分のものとしているのです。ものの考え方、人との付き合い方、人生観なども話しているとすごく刺激となるのです。彼は米国でAssistant professor facultyとして血管内脳外科医として臨床DUTYをこなしながら、米国や日本で多額の研究費を獲得して入り血管内治療デバイスの開発に力を注いでいます。その額たるや、自分がこれまで得た研究の数10倍の規模を年間に用いるような研究で、目がくらみます。そして米国の一流の研究者や技術者との交流を積極的に行なって、日本の問題点(閉鎖性と年功重視、役職重視)、圧倒的な研究人数の差などについてコメントをしてくれます。米国は一つのプロジェクトに関わってくれる研究者の人数とその専門性がすごいのです。その体制がすぐに(では無いのかもしれませんが)作れるのです。私がMayo Clinicで感じた、大変な手術でも日常のルーチンのように当たり前にこなせるシステムと人の配備が出来上がっていることと、似たようなところがあるなと思います。それと今のAIの時代における、人とのつながりと時間を得て獲得した知識と経験、関係の重要さなどを強調します。40代の人で、ここまで色々な観点を持ち、体験に基づき判断できる人を、私はあまり知りません。
それが私を下手に尊敬してくれると、なんかこそばゆい感覚になってしまいますが、金子先生や槙野先生とお話ができる自分の環境を、恵まれているな。とつくづく思うのです。
なかなかそんな刺激的な生の話を聞ける機会も無いし、タイミングとチャンスってすごく大事だなと思います。
そういえば槙野先生と知り合いになったのは、1997年に私が米国から日本に一時帰国して広島福山の寺岡記念病院勤務の際に先生を紹介いただいて、先生の岡山の教室で米国留学あれこれについて話をさせていただいたのがきっかけでした。そうやって人との間を繋いでくれている寺岡暉先生にはとても感謝しています。
また金子君との出会いは、日本医大を退職して、翌年海外の動脈瘤研究者の会であったのが最初でした。私がUCAS Japanという脳動脈瘤の研究の事務局でまとめたのを、すごく高く評価してくれているのですが、その研究に関われたのも、たまたま研究開始(1999年)当時東大の主任教授だった桐野高明先生のおかげでした。このお二人は私の心の師匠なのです。
頑張るのに年齢は関係ない!色々な出会いを大切にすること。チャンスを無にしないこと。そして何事にも真剣に本気で向き合うことが大事だな。と再認識した土曜日でした。
雑談:前回に続いて、今日の話もほぼ雑談だったのですが、もう一つ同じ日のエピソードを追加紹介します。その土曜日の診察に87歳の元気なお爺さんを診させてもらっているのですが、その患者さんが見てもらっている町の先生:楢崎先生とおしゃって90歳すぎの先生がいらっしゃいます。料理が今でも大好きで、3年前、私が広島で医師会の会合で会食した際もどこのスーパーのお肉がいいとか、愛用のパナソニックの電気圧力鍋でのレシピの話となり、手書きの緻密なシチュウのレシピを頂いたこともあり、すごく専門的に料理を作られています。土曜日の患者さんも「楢崎先生に診察のたびに毎回色々な料理を教えてもらっているのだけど、専門的すぎてできないので、もし自分でできればもうちょっと元気になるんだけどな。」と言っていました。レシピを教えるのも診療のうちか。。。などつらつら考えました。
ということで、楢崎先生流(森田アレンジ)の牛頬肉の赤ワイン煮風シチュウのレシピを公開します;
牛の頬肉は売っているお店は少ないです。私が唯一買えているのは、新市(福山のはずれの町)のハート中山牧場新市店 ここは2〜3回訪れるたびに一回くらい頰肉があります。今回は翌日息子宅、娘宅によるので、息子夫婦、娘夫婦の分の一緒に作ろうということで、400gくらいの頬片面を4つ(2頭分)購入。1.6kgくらい、店にあった全て買って帰りました。100g 300円弱くらいのお肉となります。たっぷりの氷と二重の保冷バッグで上記金子先生との飲み会の間は持たせて、翌朝調理しました。
まず玉ねぎ2個スライス。セロリ2本葉も含めて切って、ニンニクと一緒にオリーブオイルでクタッとするまで炒める。(飴色までガンバラなくて良い。こくはカカオで)
肉はかなり硬い筋が肉に平行に一面に走っているので、出刃包丁でカットします。
一つ30~40~50グラムくらいの塊にカットして、塩胡椒・小麦粉を振ります。これをフライパン2つくらい使って(1つで2回でも)、焼き目を全面につけておきます。これで少し肉の旨みが閉じ込められます(そんな気持ち)。(ただふにゃふにゃになるので、滲み出てしまっていると思いますが)
鍋に先ほとの炒めた玉ねぎ・セロリ、焼き目をつけたお肉。そのほか今回は色々な人参。唐辛子3本、ローリエ1~2枚、赤ワイン700ml、トマト缶1缶そして決め手のココアを大さじ1(これが楢崎流)を入れる。
あとはただ弱火で数時間(今日は肉5時間、取り出してスープに少しスッキーにとセロリとか野菜足して1時間煮詰める)煮込むだけ。もし圧力鍋に入る半量くらいであれば、圧力鍋20分であとは肉を出して、野菜を煮詰める。
最後にはちみつ大さじ1、Leeウスターソース 大さじ2、醤油大さじ2を足して煮込んで完成。
小麦粉は肉に少し叩いているが、もう少しスープにとろみが欲しければ、小麦粉大さじ1~2をバターで炒めたベシャメルソースを加えるとトロッとします。(片栗粉は??です)
意外と簡単でしょ。これで家族友人から感嘆!されること間違いなし。
牛すね肉、テール、タン なんでもほぼ同じ手順でそれぞれの食材を活かしたシチューができます。普通の牛肉のシチューは妻の田舎肉じゃが風シチュウがとても美味しいので、手は出さないようにしています。何事も領域がありますので、不可侵関係が大事かと。
頂いた槙野先生の書籍
金子直樹先生と会食@日本橋




