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熊本にて:養生と漢方と。

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  熊本にて:養生と漢方と。 森田明夫 先日熊本の脳神経外科医で漢方医学が好きな先生方にお誘いを受けて熊本脳神経漢方研究会という会にお招きいただいた。私が成り行きで(?)脳神経漢方医学会の常任理事とかいう役割を担っているからだと思うが、実際には私は漢方にそれほど詳しくはない。むしろ料理好きで野菜、カレー、韓国料理、沖縄料理などとも関連して健康に関連する食材、薬膳に興味があるので、それが生薬と繋がって、色々と勉強している最中である。また韓流ドラマが大好きなので、特に歴史物には多くの煎じ薬が出てくるので、とても興味を持っていたわけである。そんな素人が1時間も講演するのだから、決まって内容は、自分がどんな漢方を飲んでいて、患者さんで良く効いた方の例、果てはどんな失敗をしたかなどを中心にお話しした。特に昨年は高齢者健康医学センターの立ち上げに関わって、いかに健康に生きるかを考えていた年でもあるので、それに基づいた Blue Zone のお話しや、養生の話も織り交ぜた。 養生;といえば日本史を学んだ人であれば養生訓(貝原益軒)という名前に聞き覚えがある方もいるかと思う。貝原益軒は本草学(薬草学)に秀でた黒田藩の侍で、藩 医として 勤めていたらしい。その本を現代風に解釈した本もいくつか出ているので参照されると良い ( 齋藤 孝 さん とか 堺 寛 さんと か ) 。特に心は楽しみ、苦しめないことが重要と説いている。下記のような文があるそうです:「ひとは心を楽しませて苦しめないことがもっともよい。が、身体は大いに動かし労働することがよく、休養しすぎてはいけない。( 堺 さんの ページ から)」また 2 週ほど前に NHK のラジオまい朝の健康ライフで「 ” 養生 ” ですこやかに(伊藤和憲さん講師)」とう番組の放送がされていて。 NHK の ホームページで 録音 を聴くこともできるので参照されると良い (2024 年 5/20~ まで ) 。養生とは「心と身体を保ち命をまっとうすること」。そのためには 1) 季節に即した暮らし、 2) 安定した精神の保ち方、 3) 食事の仕方、 4) 身体の鍛錬、 5) 病気の予防・未病という考えが大切だとされています。特に気持ちのストレスのかかりかたを見るには顔の前で前腕を拝むようにして肘...

春の散歩:ハルジオンとヒメジョオン

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  お詫び。 雑談: 春の散歩:ハルジオン ( 春紫苑 ) とヒメジョオン ( 姫女菀 )                                     東京労災病院 森田明夫   先日来報道されています通り当院職員整形外科副部長が収賄容疑で逮捕されるという事象が発生してしまいました。患者様、ご家族、近隣の医療機関、関連の方々には大変なご心配とご迷惑をおかけし大変申し訳ありません。当院では本件を厳粛に受け止め、警視庁の捜査に全面的に協力するとともに、このようなことが二度と起こらないように、院内のコンプライアンスを徹底的に強化してまいります。また診療については、救急対応、連携医療、外来、入院治療、手術治療など含め粛々と滞りなく遂行できる体制を整えておりますので、安心してご紹介また受療していただければ幸いでございます。 本当にご心配、ご不安をおかけし申し訳ございません。   さて 今日の話題は、今朝のラジオの内容です。 Yuming の歌に ハルジョオン ・ ヒメジョオン という 歌 があるのをご存知かと思いますが、皆様ハルジオン(正式には漢字で春紫苑)とヒメジョオン(漢字は姫女菀です)の違いをご存知だったでしょうか?今朝のマイあさで千葉県立中央博物館の尾崎先生が2種の違いを説明してくれました。我々が普段よく街中で見かけるのはハルジオンらしいです。これらの名前を聞いて、皆さんは雑草っ !!! (昔よく貧乏草とも呼ばれていたそうです)と思うのではないかと思いますが、元々はどちらも観賞用に輸入されたキク科の品種だったそうです。よく見ると可愛い花です。どちらもひまわりと同じで真ん中の黄色いところは筒状花という筒状の花の集合で、周囲の花弁と思えるものが 舌 状花というもので 1 枚の花びらごとに雄蕊雌蕊があって、それぞれ種を作るので、...

福島孝徳先生を偲ぶ:再会を期待して!

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  福島孝徳先生を偲ぶ:再会を期待して! 森田明夫 (ちょっと専門的な記載があるので、あまり一般向けではありません)     恩師である福島孝徳先生が亡くなった。ご本人の意思で 亡くなった詳細は わからないが、一昨年くらいから腎臓の不全などの体調の不良や検査データをお聞きして心配し、また昨年 9 月にバルセロナのヨーロッパ脳神経外科学会で先生を称えるセッションがあった際、いつもの迫力のなさを見てものすごく心配していた最中である。私は凡庸な脳神経外科医であるが、福島先生に刺激されて洗脳されて、今まで頑張ってきたように思う。以前先生と師とする喜びを書いたことがあるが( 前部長 の ブログ : 福島 先生の こと : 洗脳 と 師とする 喜び )、その時は先生はご健在だったので、ご容赦いただけると思い、ちょっとふざけた(事実ではあるが)内容が多かった。 福島先生の偉大な業績については、多々提示されているので別に譲る。ここでは私が個人的に接してきた福島先生についてMemorialとしたい。 先生と密にご一緒したのは、 1984 年から 86 年の 3 年間弱、私の脳神経外科専修医としてトレーニングの最も重要な時期を先生と過ごしたことになる。毎日のように「超一流を目指せ!」と専修医には言い、そういうご自分も、日々新しい手術、他とは違う医療のレベルを目指しておられた。先生の夢は「福島手術!」というジャンルを作ることだったと思う。当時先生は 40 歳くらいで、その若さで三井記念病院という都内の一流の病院の部長を任せられていたわけなので、東大の教授たちの信頼を一身に受けていらした。私はまだ専門医をとっていなかったので、全てをわかっていたわけではないが、印象に残っている最大の教訓は、「出血を徹底的に抑えること。中途半端な止血で次のステップに行かないこと。」先生がおっしゃっていらしたのは、「最初は時間がかかるかもしれないけど、ステップステップをしっかりやってゆくことで、自然とスピードもついてくる。手術は早くやろうとするな、ステップをしっかり踏むことで、自ずと無駄がなくなりスピードもついてくるというものだ。」外来の脇にあった医局ではその日にあった手術を当時 4~5 名ほどいた医局員で話あった。あの...