米国にて想うこと
久しぶり米国を訪ねた。それも早春の緑が爽やかなBostonである。今回は米国脳神経外科学会が、私の古くからの友人であるprof. Jacques Morcos先生が会長で開催されるということで参加を決めた。またその会に先立って、脳外科界のレジェンドであるprof. MG Yasaragil先生が今年100歳を迎えられるということで、先生にちなんだマイクロサージェリーの学会も開かれた。ドナルド トランプ大統領の一見無秩序かつ無頼漢のような政策に右往左往する世界の中で、米国はどんな状況なのかも興味があった。しかし聞いてはいたが物価がものすごく高い。ビールは空港では一杯3000円はするし、空港で水を買うと500mlのペットボトルが約500円である。市中でも、空港内よりは多少やすいが、食事は、サンドイッチは最低10ドル、マフィンなどは5ドル、店に入って食事をすれば、ラーメン一杯3000円、通常一回の食事でランチで5~6000円、夕食なら1~2万円は覚悟である。ホテルは市内でシャワーがついているまともな宿は軒並み1泊素泊まりで最低でも300ドルかかる。5万円近い。日本なら京都の老舗旅館の柊屋別館で素晴らしい夕食と朝食がつく料金である。もちろん円安の影響もあるが、全体にお金の価値が非常に低くなっている。一般の道路の工事作業員とかどうやって暮らしているんだろうとおもう。8名のメンバーで食事をしたら、店員にチップは最低100ドルだと言われてしまった。一体どれだけチップで稼ぐのだろう。。あれば税金申告しているんだろうか?と不思議になる。
はてさてそんな困ったことはさておき、実際の世の中はどうかといと、相変わらず米国は世界の中心のように振る舞っている。確かにそのように想う。学会では、午前中はプレナリーセッションとなっており、出席者全員2~3000人が1会場で話を聞く。内容は誰もが知っておくべき先進的な脳神経外科の領域での進歩を扱った研究発表とそれに対するコメントと鵜呑みにしないための注意喚起。そして、がんばった人たちへの感謝と賞与、あとは会長が目指す学会のコンセプトを代弁する様々な領域で活躍する人たちの数10分のスピーチが散りばめられている。今回は意思の強さと信念、不屈の精神、そして幸福への道導を中心としたいくつかの話が、講演者たちの経験談をもとに語られた。空虚な絵空事の話ではなく、彼らが歩んできた道の話をするのだから、内容には実がある。最初のMr. Bob Woodruffという米国のジャーナリストが、彼がどういう意思を持って戦地や内戦の激しい国で重症外相を負うという経験をしながらも、現地取材をしてきたのかという話をした。女性代表の1名はMrs. Asma Khanというインド人の博士で、皆の反対を押し切って英国で女性のみが従業員のインド料理店を開き大成功した人であった。信念を持って進めばなせないことはない!という話である。さらにDr. Peter Diamandis、長寿の秘訣のベストセラーの著者である。不屈の精神について米国のアイスホッケー選手・監督のMr. Mike Eruzioneのお話。それまで注目されていなかった無名の大学生の若手中心のアイスホッケー米国オリンピックチームが世界の強豪を破って金メダルを取ったエピソードを紹介した。脳科学者のDr. Gerd Kempermannは彼らの動物実験を紹介し、脳の発達には刺激・変化のある環境が必要という話をした。心理学者のMr. Shawn Achor は人の繋がりによる幸せと成功の作り方を話す。TEDの講演が話題となっている人である。それらの話の中で最も感動したのは会長Prof. J. Morcos本人による彼の歩んできた道である。彼はレバノンの生まれで、レバノン内戦の頃ベイルートにあったアメリカン大学で医学を学ぶ。途中大学が被爆したり、その際に出血している兵士を医学生だった彼が何をして良いのか分からずガタガタ震える手で出血を抑えていた。その際、その出血している黒人の兵士が、「先生。あんたは大丈夫だよ!」”Doc. You are OK!”とむしろ患者が安心させてくれたこと。大学の恩師がその時の被爆で亡くなったこと。その後イギリスで脳外科を研修し、キューバ出身の恩師のProf. Rober Herosのいたミネソタ大学脳外科に就職。その後は彼に伴ってマイアミ大学に移り、今はテキサスヒューストン校の主任教授としてかなりの額で引き抜かれたという話。すらっと話されたが、実際に生死に関わる戦火の中で学び、様々な障害があったが、挫けることなく自分の意思を貫き続けたこと。様々な先生から学んだことを話していた。そして家族からもいつも刺激を受けているという現在を紹介していた。彼自身が国外からの留学生だったから、私のような外国人で英語が少し下手でも優しく付き合ってくれるのだろう。そしてまた移民として生きてきた先生方を大切にしている。私は途中で挫けて日本に帰国してしまったが、何か反省させられながら感動して聞いていた。
このように米国という国は、優れて、競い合いながら世界レベルに生き残り勝ち残った人たちで構成されている国である。違う文化も柔軟に取り入れ、人種や考え方の違いを排除せず興味を持って受け入れ、国全体の力としてきた。だから国としてイギリスや日本のように老化(人のという意味ではなく、国の生き生きとしたという意味)せず、成長を続けられるのだろう。いつも変化し、それにうまく対応してゆくという流れができている。そこに、今回の不法移民対策とは言いつつも、実際にはほとんどの米国に在住する外国人への強力な締め付けが始まっている。古くから米国の地盤層となっている田舎の農民や工場勤務者から支持を受けているトランプ大統領が、科学者や正規の移民や留学生に圧力を強めている。聞く話では留学生は一度交通違反切符を切られると国外退去だそうである。何を言っても取り合ってくれないそうである。なんということだろう。移民、それも上流な移民があの国を作っているというのに。ではそこに日本のチャンスがあるかというと、なにしろ物価が安いから旅行の対象としては日本に来るだろうが、給与や研究費は欧米やシンガポールの1/10以下なので、絶対に日本で働こうとは思わないだろう。友人から聞いた話であるが、シンガポールの国立の研究所では、NIH(米国国立衛生研究所)の研究費を持っているような世界的な研究者には年間1億〜数億の研究費をポイっと出して招聘しているそうである。その額は日本では、やっと勝ち取れる数少ないAMEDの研究費相当である。
日本の科学や医学研究のレベルは経済と同等に、爆下がりである。このままではどうにもならない。なんとかして、経済的なバックグラウンドの革新的な改善と、それに伴う研究費、そして医療費の増額が必要だ。そうでなければ、海外からは日本の観光を楽しみにくるインバウンドだけで決して日本に本当に資する優秀な外国人を招聘することはできず、また心ある優秀な日本人は海外へ出て行ってしまうだろ。
今の大河ドラマべらぼうで石坂浩二さん演じる松平武元が語っていたように世の中を動かしているのはお金だけではないけれど、では日本は何を魅力とできるのだろうか?
100年後の日本が、私たちが誇れる国であり続けられることを祈りたい。と米国で思った。
雑談:
米国には、上に述べたように多くの優秀な人材が揃っているだけではなく、文物も素晴らしい。今回ものすごく感動したのは、Harvard Natural History Museumの残されている19世紀末に当博物館の館長が、チェコのガラス職人に依頼して作った植物標本である。すべてガラス細工で、水水しい植物や花、種子の大型モデルなどが所狭しと一部屋に収められている。
黄色やオレンジやピンクや、薄紫の素敵は本物そのものと見間違うガラスでできた標本である。何時間でもその部屋で過ごせるくらいどれも素晴らしい。
時代が変わっても、良いものを将来に残すという意思が素晴らしい。
ニュアンス的ではあるが、米国では、未来を見越しても、変わらない筋というのができているようにおもう。日本は伝統のある国とは言われるが、時代時代で方針や、文化が180度全く変化してしまい、むしろ変わることが美徳とされているような気がする。政治にしても文化にしてもである。一方米国は今回のような一時的な危機はあるものの、様々な文化をとりいれながらも、人間の根底にある筋を見極めてそれはしっかりと確保し中心に据えていると感じる。
日本も100年後、1000年後も根本にある何かを持ち続けてほしいと想う。手塚治虫さんが描いていた火の鳥みたいなものかもしれないが、シンボルではなく、実際の形となるもので、人の心の拠り所になるものがあれば良いと想う。
写真集:
Prof. J. Morcosの講演の一部 師匠の福島先生もスライドで手術の技を彼に教えた人として紹介されています。講演後standing ovationを受けていました。
Boston散歩 とても清々しいシックな街です。
友人たちと会うのも、Local foodを楽しむのもMeetingの重要な意味合いです。
Harvard Art Museumの至宝コレクションから
Harvard Natural History MuseumのGlass Flowers